初めて自分で着物を着たら

 Y先生に手取り足取り教えていただいて、ともかく初めて自分で着物を着たときは、やはり感動しました。私自身も着物が着られたことでうれしかったけれど、その着物を作った亡き祖母も、着物自身も、私が着たことを喜んでくれているように感じたのです。

 初めて着たのは、白地に赤の友禅柄の、シンプルな小紋でした。鏡に映る着物は、たんすのなかにあったときとは、まったく違うもののように見えました。

 たたんであると古い布にしかみえず、掛けてみてもダラリと垂れ下がっておばけのようだったのに、着て人間の形に添わせることで、命が宿ったように思ったのです。着物は、着てはじめて生きるんだなと思いました。

 また、着物が苦しいというのは当たり前だと思っていましたが、自分で着るとそうでもないんだということもわかりました。苦しいのは腰ひもや帯で締め付けすぎるからで、自分ですると、強からず弱からずの微妙な力加減が上手にできるからです。

  苦しいから嫌、という着物を遠ざけていた大きな理由は、これでクリアできました。

帰宅して母に写真を見せると

 初めての着付けの成果を、Y先生が写真にとってくれました。帰宅して母にそれを見せると、私が大の着物嫌いだったことをよく知っている母は、しみじみ言いました。
「長いこと生きてたら、いろんなことがあるもんやなあ……」

 最初に私を着物の世界にいざなってくれた訪問着は、そうすぐには着られませんでした。というのも、この着物と対になる帯が袋帯で、最初に着る着物としては手ごわすぎるしろものだったからです。

  やっと着られたのは、お稽古を始めて3ヶ月目でした。見てる分には派手だけど、着てみるとまた違って見えるのかなと思っていたのですが、着たら着たでますます派手でした。

 正直、「演歌歌手みたいですよね」というと、Y先生も苦笑。もともと、二十歳かそこらの女性の嫁入り道具ですから、柄が非常に大きく、30代半ばの私には着こなせなかったというものあるでしょう。

  それでも、この着物を祖母が着ていたのは、満州事変のころのことです。以来、約70年間ぶりに袖を通してもらって、着物が喜んでいるのが伝わってくるようでした。

  これもまた、着付けたところをY先生が写真をとってくれました。それを母に渡すと、今度は仏壇に供えてチーンと鳴らしていました。